◇病気についてのご相談


◇鬱病の克服(埼玉県・男性)

◆電話で予約をお受けしお迎えしたご家族は三人でした。明るい奥さんと、背を丸め下から上目づかいに挨 拶をなされたご主人とは対照的でした。いろいろお話をさせていただきご祈祷を受けてお帰りになりましたが、一週間も過ぎた頃でしょうか奥さんとご本人からおかげさまで気持ちが切替わりスムーズに職場復帰が出来ましたとご報告をいただきました。

ご主人の実直でまじめな性格からでしょうか、職場の同僚に対するいろいろな思い込みが積もりに積もり自分の心の殻を厚くしているようでした。神様の広いお慈悲がそうしたお心をゆっくりと溶かしてくれたのでしょう、心の内をすっかり表に出されお帰りになる頃のご主人の目は明るく上を向くようになっておられました。


◇奇蹟の肝臓ガンの手術(新潟県・男性)

◆ある方のご紹介でFAXが入りました。奥さんが職場検診で肝臓ガン が発見され、胃や腸への転移もあるので手術を受けるとのこと、何とか救って欲しいということでした。奥さんをとても愛しておられるご主人のご様子が文面からわかりました。

さっそく病根消滅の祈祷を行い人形代をお送りしました。そして手術の前日に特別祈祷を施しご主人のご協力をも得て特殊な「まじない」を執り行わせていただきました。手術は無事に終わり執刀医師から説明を受けたようです。

やはり肝臓ガンだったそうですが普通のガンとは違い、奥さんのは、そのガン細胞が肝臓にぶら下がるように付いており、切り離すだけで済んだそうです。また胃や腸の方も転移したのではなく、単なるポリープで切除の必要はないとのことでした。医師は言葉をつけ加えて「今回の例は非 常に珍しく新潟ではこれまでに一例が報告されています」といわれたそうです。

それから一ヶ月後、妻が元気に職場復帰をしましたとご主人の嬉しそうなお便りをいただきました。


◇お医者さんの見立て違い(長野県・女性)

◆妊娠七ヶ月を迎えたお母さんから切実なるご相談をいただきました。超音波による検診でお腹の子が女の子と分かったのですが、同時に口唇裂(昔はみつくち・兎唇と呼ばれていた)であると診断されたそうです。生まれたらすぐ手術をして縫い合わせましょうとは言われたのですが、女の子なので何とかならないでしょうか?ということでした。

さっそく神様にお伺い申 しあげました。神様からのお諭しは「まだ間に合う。拝め」ということでしたので、それからは無事出産するまで通しで祈祷を行うことにしました。やがて臨月を迎えた頃電話が鳴り、帝王切開でしたが無事出産を終えましたという報告を受けました。そして産まれてきた女の子の唇には異常はありませんでしたと伝えてきましたが、その声は嬉しさと感激で泣いておられました。

やがて詳しく報告なされましたが、その時産婦人科の先生は怒ったように「私はこれまで一度も見立て違いはしたことがない。お母さんも写真を見たでしょう?小児外科医まで準備したのに…」ということでしたが、結局自分の見立て違いを認めたそうです。

母親の子を思う心が神様に届き奇蹟を起こさせたのでしょ う。それにしても、お母さんからのご連絡がもし出産後だったらはたして赤ちゃんはどうだったでしょうか?「まだ間に合う」という神さまのお言葉の意味がその時わかりました。


◇膝の痛みが消えた(ワシントン・男性)

◆海外特派員を命ぜられ赴任を前に方災消滅の祈祷を受けにこられた方がおられました。お兄さんもご一緒でしたが、私は興味本位で来ました、と正直にご挨拶をなされました。いろいろと話を聞き、ご祈祷をさせていただきました。儀式の中程で巫女が二人の身体を祓い、弟さんに聞きました。「右のお膝はいかがなさいましたか?白い輪のようなものが二つ膝から飛んでいったのものですから…」それを聞いた弟さんはびっくりして飛び跳ね、歩いてみました 。聞けば、昔あることが原因で足の膝が痛むようになり、医者からはこれは治りません、と言われていたとのことでした。しかし、それが今のお祓いで嘘のように消えたというのです。

二人を仙台駅までお送りする車中、お兄さんが「私は見えない世界をこの目で確かに見てしまいました」とおっしゃられ、また「先生方は本当にいいお仕事をなさっておられますね」とのお言葉を残されて新幹線にお乗りになられました。

ワシントンの弟さんから真心のこもるお礼のお手紙が届いたのはそれからまもなくのことでした。


◇永年の頭痛(栃木県・男性)

◆とても親思いの息子さんがお父さんを お連れして見えられました。前年亡くなられた母の御供養と併せて、母を降霊してもらい父親と再会させてあげたいとの願いでした。懇ろに慰霊祭をご奉仕した後、奥さんの御霊をお呼びいたしました。再び愛妻に会えることができたお父さんは、嬉しく会話を交え、ただただ感激のご様子でした。ところで、後でわかったのですが、この時息子さんにも大きな変化が現れたのです。
この息子さんは、学生の頃、サイパンでスキューバ・ダイビングをして以来、なぜか頭痛持ちとなり、いつも頭から首筋にかけて不快な痛さに悩まされておられたというのです。そこで霊界透視をして見たのですが、その海で戦死したアメリカ兵が迷妄の霊となって、彼に憑いているのが分かりました。お母さんの慰霊祭に併せて、その霊魂の鎮めをも執り行いました。いろいろと初めての経験をされたお二人は丁寧な挨拶をなされ、お帰りになられましたが、その次の日息子さんから電話が入りました。

10数年間悩んでいた例の頭と肩の不快な痛さがすっかり消えたとのことでした。彼に憑いていた霊魂を神々が清め、さらに亡きお母さんの、子を守る愛の力が加わって、彼からアメリカ兵の霊魂を幽界へと送りだしたからだと分かりました


◇絶対絶命から救われる(栃木県・男性)

◆持病と云えば痛風くらいとおっしゃっていた元気 な七十六歳になる方から久しぶりに電話をいただきました。聞けばリンパ癌に犯されたとのことで、血液の流れに沿って転移することから、瞬く間にガンが全身に行き渡るというのです。医師からは余命数ヶ月との告知を受けたということでした。なんとか神様に助けて欲しいと懇願され、また都合良くその町への出張もあって逢うことになりました。会ってみると以前の彼の面影とはほど遠く、首は大きく腫れ上がり頭の径ほどにもなっているのです。有効治療は無く、とりあえず抗がん剤を投与して様子を見るしか無いとのことでした。いろいろ話を伺いながら霊媒により霊査を行った結果、多少思い当たる点を感じましたので、「命乞い」の祈祷と合わせて「人形代」の使用を勧めました。

彼も、早速お願しますとのことでしたので、入院先の本人あてに人形代をお送りしました。人形代は十日分十枚が1セットで、状態に合わせ特殊な神呪祈祷を掛けています。通常は一日一枚十日間分あるわけで、まず最初の十日が過ぎていつもの検査を受けました。ところが、その検査結果に異常なほどの数値が発見されたのです。抗がん剤では普通あり得ない良好な数値の変化に、医師も首をかしげながら「これはいけるかも知れない?」と云われたそうです。

それからは夜となく昼となく、次の人形代を送ってくれるようにとの矢のような催促でした。それが半年ほど続いたでしょうか。数値は順調に回復しているようでした。まもなく退院するというので本人に面会に行きました。顔色のよさに も驚きましたが、何よりも首のあの大きなコブが消えていたのです。おまけに持病の「痛風」も消えてしまったと云うことでした。風の噂に聞けば、退院後の彼は元気も体力もすっかり取り戻し、むしろ以前より精力的に仕事に励まれておられるとのことです。


◇赤ちゃんの心臓(東京都・女性)

◆長野にいる娘が流産しそうなので神さまにお願いして下さいと東京の方からお電話が入りました。亡き夫との間に生まれたたった一人の娘さんだそうで、お嫁に行った後も、いつも神さまに娘の幸せをご祈願なされておられました。娘さんの妊娠がわかった後は、更に加えて安産祈願を依頼なされておられまし た。やがて月日が満ち、おかげさまで無事出産を終えましたという喜びの電話が入りましたが、それもつかの間、再びベルがなりました。

今度は赤ちゃんの心臓に穴があいているというのです。心室中隔欠損症で、お医者さんからは成長するに従い自然にくっつく場合があると説明されたそうですが、その確率は二〇~三〇%。穴が大きいと発育障害・心不全を引き起こす危険性もあるというのです。神さまにおすがりしたいのですが、聞けば、嫁ぎ先のご両親は神ごとがあまり好きではないとのことで、お母さんには、蔭祈祷(代理人による祈願執行)をお勧めしました。

人形代のまじないを娘さんに代わりお母さんが毎日執り行っていただきました。もちろん娘さんもこのことは承知しています。お母さんは娘さんに代わり、ただひたすら可愛い孫の病根消滅を願いながら三ヶ月にわたり毎日まじない行を執行しました。やがて赤ちゃんが三ヶ月目の検診を受けましたと電話がありました。その結果、子供の心臓の穴はぴたりと塞がっていたそうです。


◇長く生きるより、どう生きるかである(栃木県・男性)

◆恋人に支えられ、ようやく歩ける状態の方が栃木よりはるばるおいでになりました。五ヶ所も「がん」に冒され、余命一ヶ月との宣告を受けたそうで、異常にやせ細った体がとても痛々しい感じでした。それにしても眼だけはしっかりとこちらを見据え、光を発しておられました。

その男性は国道沿いの大きな「道の駅」にあ るレストランの総料理長で、若い頃フランスとイタリアで修行なされたとのことです。独自の料理哲学をもっておられるようで、非常に含蓄のあるお話をなされる方でした。ところで、神さまへのお願いというのは、自分の料理のノウハウを、今お弟子さんたちに教え込んでいるので、それが一区切りするまで何とか命を延ばして頂きたいというものでした。そして、決して命が惜しいのではありません、とキッパリおっしゃられました。

 神前に座っていただき、さっそく巫女が神降ろしを行いました。
すると神は、『いくら命を延ばしたとしても、お前の望みは叶えられまい』と仰せられるのです。そして『弟子に教えたとしても、お前の得たものをすべて教えきるにはいくら時間があっても足りな いであろう。また教えたとしても、更にその次の弟子に伝承できるかは分からないであろう。これからお前がすることは、人に教えることではなく、自分の思いを本にすることである。その本を人は読み、お前の思いを知ってくれる。

そうすればお前の心がわかる弟子が何人と産まれるであろう。』と諭されるのでした。その方は、はっとして顔を上げ、分かりましたと云って、丁寧に御礼をされ、お帰りになられました。四ケ月ほどたったでしょうか。夜の九時頃神前に人の気配を感じましたので、覗いてみましたが誰も居ませんでした。気のせいかなと思っていましたら、急に電話が鳴りました。あの時の総料理長を支えておられた女の方からで、たった今本人が亡くなりました、ということ でした。そして、お陰様で、本は書き終えることはできませんでしたが、本人が満足する程度には書き終えたとのこと、私が何とか出版するように頑張ります、とも申されておられました。